1998 ネパール(4)

by ハッチョ

ナガルコットの丘
(下 ;ナガルコットの丘から眺めたヒマラヤ山塊)

カトマンズの空港で無事、後発組のマサシ兄さんとQちゃんと合流。バスでカトマンズ市内を見物しながら今夜の宿泊地「ナガルコットの丘」に向かう。

ポカラもそうであったが、古い寺院や遺跡が多く残っている割に保存状態が悪い。もったいない。
歩いていると子供達が物売りに来る。5才~12・3才くらいの女の子が多い。ハンカチのような物を何枚か買うと、すぐその売り子の周りに何人かの子供たちが集まりお金を分け合っているようだ。
どうやら売り上げを共有しているようである。

しかしその後の行動が我々日本人とは全く違う。
今買った客のところにグループの別の子がまたやって来る。そして同じものを売りつけようと口上を並べたてるのである。「さっき買ったからもう要らない」と言っても全く気にしない。

ある意味すごく合理的である。
客を”買う客”と”買わない客”に分けて「”買う客”にはもっと買ってもらう」という戦略であるらしい。
何やら今の日本の高齢者詐欺商法みたいだがそれだけ効率がいいのだろう。

猿山に行った時のような感じで、やはり女性客が狙い目・ターゲット。売り子の子供達が群がってくる。
男性でも、にこにこして人のよさそうなタイプにすり寄ってくる。「ひなんクラブ」の男達はみな人のよさそうな顔をしているので売り子が寄ってくる。特にQちゃんやトッチャンは逃げるように歩かなければならない。

「ひなんクラブ」も見ようによっては「御大をボス猿とするサルの群れ」のようなもの。
実に面白いことに、観察しているとボス猿 ・御大のところにはあまり売り子が近寄らない。
どうやら傍目にも 「こいつがボスだ。うかつに手を出しては危険だ」 とすぐ判るようなのである。

恐るべし「元校長」。
しかし、恩師の名誉のために言っておかなければならない。イカツイ顔はしているが悪い顔ではない。ハンサムとは言い難いが(失礼)、御大は実に優しい威厳のある顔をしております。

 ネパールの王宮の門。この当時はまだ美しい佇まいであった。
共産主義武装勢力・マオ派が内乱を起こし、我々の旅行のあとすぐ、ネパールは渡航危険地域に指定されている。

2001年に王室内に内紛が起きた。(皇太子が機関銃を乱射し父親や母親を殺害し自殺した、とかいうが確かなことは今なお判っていない。)
2007年に王制は廃止された。いやはや中国と接しているという地政学的な問題は実に大変なことである。

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