9.11とアラスカ旅行(2)

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2001年9月11日。 少し時間をさかのぼる。
関西国際空港から韓国・インチョンに渡り、夕刻大韓航空に乗り替えて出発した我々が真夜中の時間帯に、ニューヨークで同時多発テロは起こっていた。(ニューヨーク午前9時、アンカレッジ午前5時頃、日本時間で午後10時頃)

「同じ時間帯に日本から出発した米国行き国際便は太平洋上で引き返した」と聞くのは帰国してからである。

アラスカ上空に到達したのは現地時間で朝だった。機内のテレビ画面が着陸に備えアンカレジ上空の機体位置表示に切り替わった。
しかしいつまでたっても着陸体制に入らない。機はアンカレジ空港の画面表示を過ぎそのまま進んでゆく。5分10分と経つ内に、少しずつだが機内に苛立ちと不安のようなものが漂い始めた。
私も同じだ、がしかし、我々には強い味方が付いている。 「ニーノ」だ。
旅行会社の社長で我々の旅行の世話役「ニーノ」が、彼らしくない真面目な顔で客室乗務員に話しかけている。
後で聞くと、彼はこの時「間違いなくハイジャックされた!と思った」らしい。
しかし、彼の予感は違う意味で当たっていたことを後に知る。それも帰国して1年近く経ってから地方新聞の記事で、耳を疑うような内容を知ることになろうとは想像もしなかった。

客室乗務員と話していたニーノが帰って来る。
「大韓航空の客室乗務員は英語をよう喋らんな」 彼女達は何も喋らなかったようだ。
”英語が喋れない”せいかどうかは知らないが、この時間帯彼女達はなぜか乗客をトイレにも行かせてくれなかった。

突然、機内に機長からのメッセージが流れ始める。
「アメリカ本土の全空港が全面閉鎖になった。当機は着陸するためカナダに向かう」
「何なんだ。何があったんだ」  その問いに応える雰囲気の全くないメッセージである。

私の脳裏に浮かんだ光景は、
広大なアメリカの各地で、燃料切れになった飛行機が次々と地面に激突する姿だ。

「OH MY GOD!」 後ろの席の白人が、機内電話を握り締めたまま席から飛び上がり、顔面を真っ赤に膨れ上がらせて叫んだ。機内電話で地上の友人に様子を聞いたのだ。
「OH MY GOD!」 「~~!~~~!」

あとの内容がよく判らないのでニーノに聞くと 「ペンタゴンが攻撃されたゆうとるな」

私の脳裏に浮かんだ言葉は 「核戦争」 だ。 我々は何も知らされていないのだ。

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