慟 哭

慟哭   byシジミ

私は人知れず なお故知らず慟哭することがある

夢を見る
見知らぬ人が来て云うのだ 「お前は人を殺したのだ」と
身に覚えなく 何を馬鹿なと 一笑に付すうち
はて 何故かの人はあんな事を云うのだろう といぶかしむ
いつしか不安はつのり もしかして私自身知らぬ間に
いや 自ら記憶の奥に封印したのか
かつて本当にそんな事があったのだろうかと

恐る恐る胸の内を丹念に探るうち
「私は 確かに 誰かを殺したのだ!」
フラッシュのように鮮やかに記憶が甦る
取り返しようのない罪におののき 恐怖が全身を包む 

そこで私はいつも目覚める 「一体いつ誰を殺したのだ」
高鳴る動悸とともに 怯えつつ記憶をたどり やがて
やはり「夢でしかなかった」と安堵のため息をつくのだが
一度心を侵(おか)した不安は消えず悲しみは滓(おり)のように残る

何故そんな夢を見るのか、長く不思議であった
今、齢(よわい)五十を過ぎ ある日私は気づいたのだ

かって 確かに私は人を殺したのだ!
生涯にただ一人 奇跡のように出会い
愚かさゆえに失われた 約束の人
踏みにじられた 魂の道標(みちしるべ)

若きあの日、私が殺したのは 私自身であった!

以来私は 魂のない抜け殻となって漂っている
うつろな微笑みを浮かべ、常(つね)人に懸命に倣(なら)う
それは、魂の復活を夢見る はかなく悲しい試みであった
そしてそれは むなしい試みであった

魂の復活はついに果たせなかったのだ
踏みにじられた道標
失われた かけがえのない 約束の人よ

記憶の底に埋めてもなお
「あああ おおう」「あああ おおう」と
癒えることのない傷口は 血の涙を流しつづける

故知らず涙を流し慟哭するのは
弔われることのなかった魂への鎮魂歌であった
この手で自らの魂を切り刻んだ罪は
墓標を立て 忘却へと押しやるしかない悲しみに
ついにそれを許さなかった

今、齢五十を過ぎ
魂のない虚ろな心は 時を待ちかねて 慟哭するのだ
「あああ おおう」 「あああ おおう」
失われた かけがえのない約束の人 わが魂の道標よ!

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