つぶやき

韜光養晦(とうこうようかい)

by KEI

”韜光養晦(とうこうようかい)”とは中国外交の基本方針で「能力を隠す」という意味らしい。

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海の無法者

by KEI

シーシェパードが再び日本の調査捕鯨船の活動を妨害し始めた。嘘の多い環境問題だが”鯨の絶滅危惧種”問題もかなりあやしい話。
エキセントリックな動物愛護主義者達が「イルカや鯨を食用に捕獲する日本人は野蛮」と非難するのはわからなくもない。
日本人だって他の国の人間が”犬や猫”を食用にしているのを見れば残酷だと思うだろうし非難するかもしれない。
だがそれはその国や民族の長い歴史に培われた食文化の問題でもあり、一方的に非難するのは慎むべき事柄だろう。暴力を持って解決できるものでもない。

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求む!実行力!!

by KEI

昨日テレビで見た政財界人の新年パーティーか何かの会場。
テレビ局のインタビュアーが財界人に「菅首相に何を求めますか?」

答える財界人の回答がなんと全て「実行力です」
財界の危機感がヒシヒシと伝わる。
「大衆迎合、選挙目当ての口約束はもうたくさん」
「愛国心にも限度がある」この言葉も現実味を帯びていた。
「このままでは日本国内にとどまれない」企業の本音だろう。

「6月までに方針を決定する」と菅首相。
なにやらいうことが”前宇宙人首相”に似てきたのが不安です。

思い出せない!

by ヒロシ

えーっと、あれはなんだっけ。
2~3年前まで環境問題でしょっちゅうやり玉に挙げられていたやつ。ベトナム戦争でアメリカが散布した枯れ葉剤で奇形児が多く生まれたとして、人体にガンを発生させる”史上最悪の毒物”とまで言われたあれ。
なんで出てこない。ぼけちゃったか?

寝床でふと思いついてしまったが名前が思い出せない。
眠れなくなってしまった。喉まで出ているのに出てこない。ああもう少しで思いだしそうなのにもどかしい。
確かゴミの焼却場の不完全燃焼で発生するとして全国の自治体が焼却場を最新式にやり替えた程の大問題になったのに。だからゴミの分別もこの物質のせいだったように記憶している。
ガンになるからたき火もだめ、焦げた焼き魚もだめ。すぐその気になる姉がその手の本を送ってくれたこともあった。でもみんな嘘だったんでしょ?
うーん、なんでしたっけあれ。あれほど騒いだマスコミも一切記事にしなくなっちゃったから、みんなもすぐ忘れちゃうんだろうな。え、「あんただけ」?

てな具合で、深夜3時間ほど悶々と苦闘しましたがその甲斐あってやっと思い出しました。
○○○○○○の6文字、皆さんの思いだせました?

カーナビ

by サラリーマン

高速道路を走っているとカーナビがいろんなことを喋ってくる。

パーキングエリアやインターチェンジを通過するたびに「左から合流が有ります。気をつけてください」と注意を喚起してくれる。

でもパーキングエリアを出るときやインターチェンジを下りるときは反対の右側から車が来る。

その時も「左から合流が有ります。気をつけてください」

「右やないけ!」と思わず突っ込んでしまいます。

クリスマス!

by ヒロシ

少し前まで「クリスチャンでもないのに日本人はなんてクリスマスが好きなんだろう」と自分のことを棚に上げて疑問を抱いていた。

多くの子供たちと同じようにある時期までサンタクロースの存在を信じていた。悪童仲間から「サンタクロースはおらん。プレゼントは父ちゃんや母ちゃんが夜中にこっそりおいてくれてるの知らんのか!」夢を壊されたショック。にわかには信じられなかった。
しかしその後も毎年クリスマスにかこつけて女の子とデートしたのだから偉そうなことは言えない。

棚に上げてというのは私自身がクリスマスに何とも言えない憧れを今でも抱いているからである。「聖なる夜」クリスチャンでなくとも敬虔な気持ちになるのは戦後のアメリカ文化の影響だろうか。

それにしてもクリスマスソングはどうしてあれほど名曲が多いのだろう。
クリスマス・イブ、ラストクリスマス、ハッピークリスマス、ホワイトクリスマス、ウィンターソング、クリスマスキャロルの頃には、聖この夜、その他あまたの名曲がひしめき合い数え上げればきりがない。
これも実に不思議である。
いや不思議ではないのかも知れない。
アーティストも皆等しくクリスマスには特別な啓示を受けるのかもしれない。やはり不思議な日である。

でもここ何年かクリスマスはこれまでほどの盛り上がりを欠いているように見えるのは気のせいか? いや年のせいか?  明日はイブ。 メリークリスマス!

母と自転車

by KOU

小学生の頃、修学旅行の出発時間に間に合わなくなりそうになった時。
突然身長150センチに満たない小柄な母が大きな父親の自転車を引っ張り出した。
私に「後ろに乗りなさい」と命令し、誰もいない早朝の町を走りぬけ駅まで送ってくれたことがある。

不思議なことに、それ以外母が自転車に乗っている姿を見た記憶が全くない。

頭が良くて優しい一途な母に、私は今もひそかに思っている。
”あの時母は、自分が自転車に乗れない事を忘れていたのではないだろうか”

それが本当であってもおかしくない、そう思わせるほど懸命に優しい母でした。